「総統選後の日台関係」

2008/05/12
岩永康久氏
前台湾住友商事董事長
早稲田大学オープン教育センター講師
早稲田大学台湾研究所客員研究員
 3月22日に行われた台湾の総統選を台北で間近に見ることができた。先ず、今回の総統選における馬英九候補勝利の原因を分析し、馬政権の下での中台、米台関係を見通し、最後に日台関係の将来を考えることにしたい。

1. 総統選の分析

 3月22日に行われた台湾総統選の結果は予想以上の大差(221万票 16%)で野党国民党馬英九氏の完勝に終わった。選挙直前でチベット暴動が発生し、対する中国の武力弾圧により多数の死傷者がでた。もし中国が主張するように台湾が中国に統一された場合、「明日は我が身か」との不安が台湾人の中によぎった。国民党の馬英九候補は香港生まれの外省人、予てより中国との友好(将来に統一の可能性も秘め?)に力点をおいて来ただけに、独立志向の与党民進党謝長廷候補と僅差になったと見られた。しかし蓋を開けてみると開票1時間にて大勢は決した。選挙民の焦点は「経済」と「クリーン」だった。

*与党民進党の敗因

 民進党は1986年に誕生したが、蒋介石時代に民主化運動を進めた弁護士などが中心。民主化、台湾独立を標榜し党勢を伸ばし、2000年に陳水扁現総統を生み出した。即ち台湾アイデンティティ確立の理想を掲げて、国民の支持が得られていた。しかし中国の発展=世界的影響力の増大の中で台湾の孤立化は進み、国民の中に無力感が漂い始めた。経済面では中国シフト=台湾空洞化の中、アジア(日本を除く)で最低の成長率となった。特に台湾人が意識する韓国にも一人当たりGNPで後塵を拝する結果となった(台湾1.7万米ドル、韓国2万米ドル)。07年の経済成長率5.7%は、先進国レベルにある台湾として見れば評価に値するのだが、国民の中には不況感が漂い経済優先→中国との関係改善に焦点が当たる結果となった。加えて以前国民党の腐敗体質に失望し、清廉な民進党陳総統を選んだが、結果的には陳総統、総統夫人、娘婿等に金銭疑惑が発生し、民進党への反発が強まった。

*国民党の勝因

 党のプリンス、切り札ともいえる馬英九氏の魅力。クリーン、若い57歳、国際性等。かつ国民の期待を的確に捉え、豊富な党資金を活用し国民の期待に答えるようなアピールをした。即ち中国との関係改善、経済緊密化(直行便の開設、中国からの観光客受け入れ、投資受け入れ)、平和協定の締結等、明日に夢を生む提案だった。馬氏が外省人である事への不安は農村にLong stayし、台湾語を勉強し、自分も台湾人だと働きかける事で払拭に成功した。「3不政策」で統一も独立もしない事を明確にして国民に安心感を与えた。

2. 今後の中台関係

 国民党、馬新総統の上記考え方から、中台関係は大幅に改善しよう。既に経済面では台湾企業の進出はピークを超えており、その効果は一般に期待される程大きくはない。しかし政治的関係の改善は心理面での安堵感に繋がる。直行便の開設による利便性、中国人観光客の増加は経済への刺激期待を与え、馬新総統の唱える633(GNP成長6%、一人当たりGNP 3万米ドル、失業率3%)に期待がかかる。このようになれば台湾にとって幸せな事だが、相手のある話であり中国がどう出るか?中国にとっても馬総統誕生は期待していた事であり、これまで民進党政権に対した突き放したような対応から、友好的な対応に変わってこよう。事実4月12日に海南島ボアオフォーラムにて胡錦濤主席、蕭萬長次期副総統との会談が実現、今後の関係改善が確認された。かように政権発足前半は関係改善が進むと見られるが、中国の大前提は「統一前提のひとつの中国」。しかしこれは台湾の世論が受け入れない。当面中台双方は関係改善を優先して、この解釈を玉虫色に進めて行くと見られるが、問題はかかるやり方が何時まで続けられるか、何時まで中国が柔軟な対応をとるかという点。台湾の期待する国際社会への復帰、国際機関への加盟に対し、台湾のアイデンティティを受け入れられない中国は今後とも強く反対しよう。中国の台湾政策は台湾の孤立化、弱体化→中国依存の増大→平和統一が基本にあると見られ、何時までも台湾を利する経済発展に協力し続けるとは考えにくい。従い短期的には関係改善、中長期的には「一つの中国」問題を抱えながら現状維持の緊張関係が維持されて行く事となろう。

3. 米台関係

 ブッシュ大統領と陳水扁総統の間に不信感が生まれ、陳政権後半では米国政府と突っ込んだ話が出来る関係になかった。中東、北朝鮮問題等にて中国の協力を必要とした米国が独立志向の陳総統とギクシャクした為だが、米国でも大統領が変わり、イラク問題処理など米新政権は動きやすくなる事が予想される。中国には人権、環境等多くの問題が表面化してきており、米中関係は今以上に良くなるよりも、寧ろ不安要因が多い。一方米台関係は今以上に悪化する要因はなく、寧ろ新政権の下、現在より改善すると見られる。

4.日台関係

 本題の日台関係が最後になるが、日台関係は中台、米台関係如何と言える為。陳政権は米中との関係が悪かっただけに、その分日本に頼る面が強かった。民進党政権の8年間、日台関係は正式外交が無いものの、非常に親密な関係が保たれたと言える。しかし中台関係が改善されれば反比例して日本の存在は小さくなる。馬新総統は大学時代の研究テーマで「尖閣諸島問題は存在する」としており歴史認識も中国と似ている。ここいらが前面に出ると日台関係は問題含みとなって来る。馬氏も最近では対日関係の重要性を頻繁に口にしており、学者ではない「総統」馬氏に現実的な対応を期待したい。中台関係如何によるが、日台関係はこれまで程蜜月ではなくなる。さりとて中台関係の抜本的改善には限界があるわけで、その分日台の基本的友好関係は維持されると見られる。


お礼(台北稲門会事務局より)
本文は、早稲田大学台湾研究所発行の「台湾通信」9号に掲載されたものを転載許可を得て、掲載しました。ご理解とご協力を頂いたみなさまに感謝申し上げます。
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