「合歓山ヒルクライムレースに参戦して」

山田敦(S59年政経卒)
 8月28日、南投縣で行われた合歓山ヒルクライムレースに参加してきました。別名「鉄屁股之役(鉄のお尻の戦い)」と名づけられたこの自転車レース、埔理(500m)から霧社、清境農場を経て、合歓山/武嶺(3,275m)まで標高差2,775mを距離55キロで上り詰める、超ど級の山岳レースです。もちろん日本にはこの高さの舗装路面は存在しません。この日、日本ではアマチュアレーサー憧れの大会、乗鞍ヒルクライムが行われましたがゴール標高2,800m、標高差1,200m、距離22キロですからその倍以上に過酷なレースと言えそうです。またハワイに海岸線から標高3,055mまで上るCycle to The Sunというレースがあるそうですが、ゴール地点の標高でそれを220m上回ります。ツール・ド・フランスで最も厳しい山岳ステージでも通常2,600mほどです。このくらいの高さになると酸素の希薄さも体力を奪う要因となるようで高山病の危険さえ伴うと言います。私の知る限り世界でも有数の難度の高い大会です。
 今年の参加エントリーは440人。脚が自慢のアマチュアレーサーばかりでなくマウンテンバイクで完走を目指しこのヒルクライムを楽しもうという人たちも多数参加しています。外国人参加は私一人のようです。しかし過去の記録を見る限り制限時間6時間以内での完走率は60%弱。誰にとっても厳しい大会になりそうです。私にとっては初めてのコースなので前日にクラブの若い仲間を伴ってクルマでコースを下見しました。この時、正直言って気持ちが少し萎えました。行ったことのある方はご存知だと思いますが、車体の重いワゴン車ではセカンドギアでさえ登れない急坂の連続です。基本的にすべて上りで休める部分はほとんどありません。こんなにも長くて過酷なルートをロードバイクで走りきることが果たして自分に出来るのだろうか?どう考えてもこれまでの自分の経験や現在の力量を大きく超えているとしか言いようのない難コース。しかし山田的には最も心そそられるレースです。エントリーした以上はどれだけ時間がかかっても自分の力を信じて全力を尽くして走るしかありません。
 私が所属する天母コロンブスサイクリングクラブは国内のアマチュアチームとしては強豪の一つに数えられています。元ロードレース世界選手権の代表選手、トライアスロンの国内チャンピオン、ジュニア時代をジャイアントチームで過ごした選手などもいます。今回参加する6人は19才、20才、25才×3人、そして恥ずかしながら今年45才の私です。歳だけで言うと私が引率者みたいに見えますが全くそうではなく彼らが自転車レースの先輩です。自転車に関わる時間にはこんな私も常に少年の気持ちに戻っています。
 前夜はサポートカーを運転してくれる仲間なども合流して合わせて10人、埔理の民宿に泊まってミーティングやマッサージなどしながら翌日に備えました。大部屋での雑魚寝ですが、こういう遠征は高級ホテルに泊まる旅よりよっぽど楽しい。もう完全に体育会の世界ですね。夕食は宿の近所の小吃店。名物の米粉、排骨飯、麺などを満腹になるまで食べました。長丁場のレースに備えてエネルギー源となる炭水化物、糖質の備蓄(カーボローディング)をしようというわけです。よく眠れるように缶ビールを2本、ウオッカドリンクを1本。通常、自転車選手は前夜のアルコールを控えるのですが、私の場合、その辺は全く無頓着で普段の生活と同じペースです。
 7月に新調したカーボンフレームの自転車がすごく自分の乗り方、力量に合っていて最高の状態です。この自転車の良さは組んで初めて乗った時にすぐにわかりました。毎日の練習でもその優秀さは体感出来ています。軽くて乗り味が上質で力が逃げない。直前のレース、ジャイアントカップでもクラス3位に入賞してその性能は確認済みです。またさらに力強い味方がもう一つ。レース直前の練習会、山からの下りでクルマと衝突、頭をケガしてこのレースに出られなくなったQちゃんという若い仲間が「これを使って僕の分もがんばってきてください。」と高価なカーボン製の超軽量リアホイール貸してくれました。上りで大いに効果を発揮してくれそうです。
 勾配、距離、予想走行時間を考えると4,000kcal前後とフルマラソンなみの消費カロリーが予想されるため栄養、水分補給もレースの大事なポイントです。ハイレベルのスポーツドリンクと水は氷をたっぷり入れて一本ずつ。できるだけ長く冷たい状態で飲みたいのでボトルには保温カバーをかけます。補給食は高カロリーのゼリー食品、一口羊羹と甘いものが中心です。口直しと塩分補給のために梅干と塩昆布も持ちました。飲み物は途中、クラブのサポートカーからの補充ができます。
 レース当日、体調は万全。午前6:20、気温24度、薄日の差す絶好のコンディションのもと、スタート。走行距離、時間が長いのでレースとしてはスローペースの静かな幕開けです。時間と共に麓から這い上がってくる熱気に追いつかれないよう集団は少しずつ追っ手から逃げるように高度を稼ぎながら前進していきます。最初こそゆるい登り勾配の走りやすい道でしたが15キロ付近から急な登り勾配に入り、後は延々と厳しい上り坂の連続です。しかし前日にワゴン車の運転席から感じたほどには勾配はきつくありません。レース前、作戦としては75%の力を心がけて、心拍数150以下に抑えてリラックスして走ろうと考えていました。しかしレースが始まるとどうしても心拍は上がってしまいます。結局、心拍の上限を、85%、170にして行ける所まで行こうと作戦を変更しました。高度1,000m、霧社事件で有名な霧社の町です。1,500mを過ぎると清境農場、ここはおしゃれな造りのペンションが軒を連ねる日本で言うと清里のようなちょっと混雑した観光地です。しかしレースですから残念ながら沿道の風景を楽しむ余裕は全くありません。
 今回のようなロングレースでは長時間同じ乗車姿勢を続けていると、お尻、肩、背中などが痛くなったりしびれたりします。凝りや疲労を貯めないよう時々、意図的に少し重いギアで立ち漕ぎをして全身の筋肉をほぐします。またドロップハンドルの握る位置を変えて乗車ポジションを変えながら走ります。使う筋肉を少しずつ替えて走りながらカラダをリフレッシュするのです。
 海抜2,000mを越えてからは周囲の植生も明らかに高山の様相を呈してきます。かつて自転車では経験したことのない高さです。気温は20℃前後と快適そのもの。体のほうもかなり好調のようです。しかし何せ若くはないので何時体力を使い果たしてしまうか全く保証はありません。レース中盤は友人であり同じ年齢別クラスのライバル、というよりクラス優勝の常連で自分の目標でもある林文明さんと言葉を交わしながら淡々と上り続けました。終盤まで彼に付いていけば相当上位に食い込めるはずです。自転車レースの面白さでもあるのですが、こういう時、一人で走るのと誰かと励ましあいながら走るのでは大きな違いがあります。不思議なことに苦しさは全く感じません。
 海抜2,500mを越えていよいよレースは終盤です。気がつくと心拍は180くらいまで上がっています。気持ちを抑えながら走り続けます。林さんはかなり息苦しいと言い出して私から少しずつ後退していきました。あとは自分との戦いあるのみ。シッティング(座ってペダルを回すこと)で最大ギア比を使い切るような急坂が度々現れるので、全身の筋肉を大きく動かすダンシング(立ち漕ぎ)も時に必要です。空気の薄くなった最終盤でコース随一、九十九折れの急勾配が待ち構えています。もしもここで脚がつったら終わりでしょう。エンジンでありアクセルであると信じていた自分の心臓と脚が逆に大ブレーキにならないことを願うばかりです。メーターで残りの距離と高度を確認しながら一定のペースを心がけて登り続けます。2,800m辺りからは高木の成長を許さない荒々しい高山帯、ハイ松の稜線にくっきりと黄色のガードレールが峠に向かって伸びています。高度3,000mを越え、合歓山主峰、東峰の全容が見えてきたらゴールはもう目の前です。
 中部横貫公路の最高点、合歓山/武嶺の峠3,275mがゴールです。ここからは太魯閣渓谷を経て一気に花蓮まで下ることも出来ます。ゴールラインを越えた時は正直言ってあっけないほどでした。ほとんど苦しさを感じることなく淡々と標高差2,775m、距離55kmを走りきれたことが自分でも信じられません。体力的にはまだ十分余力を残していました。記録3時間36分04秒は参加440人中の総合第20位、45−49歳クラスでは38人中2位。目標が4時間以内の完走とクラス6位以内入賞だったので、正直言って出来すぎです。マークしていた有力選手以外の別の選手にクラス優勝を取られたのが少し悔しいですが、自分としては全行程に渡って一度も気持ち、カラダがタレることなく、今自分がどういう状況にあるのか、次の瞬間はどういう動きを取るべきかを考えながら、周りに惑わされることなくセルフコントロールしながら走りきれたことに満足しています。またこのコースを完走したことで、今後どんなに険しく長い坂に向かっても何とかなるという自信にもなりました。
 今回、制限時間6時間以内の完走は440人中228人で完走率は52%。コースが極めて特殊で過酷なためか普段のレースで上位常連の選手たちが何人も私のあとからゴールしていました。ちなみに優勝はジュニアではアジアNo.1クラスの高校生選手、馮俊凱君で2時間43分。彼自身の昨年の記録を17分更新する2年連続優勝。これは本当にスゴイ!同じクラブの6人で完走したのは大学生の二人と私の3人。総合8位に体育大生でトライアスロン学生チャンピオンの魏君20才、小兵ながら安定して力を発揮する陳君19才が10位、そして恥ずかしながら今年45才の私が20位に食い込んでクラブとしても結果を残せたのが何よりでした。リタイヤした3人は共にジャイアントチーム(国内最強の実業団チーム)の元選手で基礎体力は申し分ないのですが明らかに練習不足でした。というか山田的に言うと、君たちは根性が足りない!あっ、いけない、また説教オヤジの悪い癖が、、、。でもどんなに苦しくても時間がかかっても最後まで走らないとダメです。これをやるとリタイヤがクセになって競技者としては失格です。
 台湾のロードレースに出るようになって1年。今年に入ってからは年齢別クラスで度々入賞もできるようになってきて、ますますその魅力に取りつかれています。コースの研究(勾配、距離、路面の状態、気温、、、)、ペース配分、栄養水分補給のための準備、機材/用具の整備、他の選手との駆け引きなどいろいろな要素があるから競技としての奥が深い。しかし満足のいく走りができるかどうかは普段からどれだけ厳しい練習を積んでいるかどうかにかかっており、これは他の多くのスポーツと同じです。45才と若くはありませんが自転車に関してはまだまだ力を伸ばせると信じて毎日トレーニングしています。このあと10月に花蓮で2日間に渡るレースが予定されています。初日は花蓮から天祥まで太魯閣渓谷を遡る55kmのヒルクライム、二日目は花蓮から海岸線を豊濱まで南下し、内陸へ折れ、帰りは光復から花蓮へ北上して戻る120kmのロングレース。今年最後のビッグレースで強豪、ライバルたちが勢ぞろいするはず。コースも素晴らしいので今からワクワクしています。
レース結果はコチラを参照下さい

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