「台湾登山王ロードレース参戦記」

山田敦(S59政経)
  前回のコラム「自転車ロードレース出場顛末記」を書いたのが8月末。その後も雨が降らない限り毎朝自転車に乗り続けています。雨の日はスポーツクラブへ行ってロードバイクトレーニングのインドア版であるスピニングのクラスに参加しているので、結局毎日、自転車です。ところが9月はじめに早朝練習の帰り道、陽明山からの下りコーナーの途中、時速約40キロで走行中に前輪タイヤがパンクして一気に転倒。薄手のバイクジャージのまま叩きつけられるようにアスファルトの上を転がりました。ロードバイクの細い高圧タイヤは常にパンクの危険と背中合わせ。平坦路や上り坂でのパンクなら何ともありませんが下りコーナーではコントロール不能、どうしようもありません。左半身にかなりの打撲と擦り傷を負いました。20年以上前の学生時代、バイクツーリング中に美ヶ原で転んで以来のケガらしいケガです。きっと調子に乗りすぎてバチが当たったのでしょうね。対向車や後続車が無かったのが不幸中の幸い。大切な自転車もダメージは少なかったし。翌日、雨で一日休んだだけでトレーニングを再開しました。なぜなら3回目のレース、「台湾登山王ロードレース」が控えていたからです。

 日本流に言えば「台湾山岳王決定戦」といった感じでしょうか。台湾で行われる自転車ロードレースの中ではかなりのビッグイベント。ヨーロッパ、日本、アジア各国からの外国人招待プロ選手たちと同じレースを走れるということで一般参加者も多く、レース規模としては最大級。今回のレースの目玉、ダニエーレ・ナルデッロ選手はツール・ド・フランスの山岳ステージでステージ優勝したこともあるイタリアを代表するロードマン。今年ツール・ド・フランスでチーム優勝したTモバイルチームの中核選手です。彼は先のアテネオリンピック男子ロードレースにも代表選手として出場しイタリア選手の金メダル獲得にアシスト役として貢献した超が5つくらい付く一流選手です。日本からも"キング"のニックネームを持つ三浦恭資さんという元オリンピック選手らが参加。10月23日の阿里山と24日の陽明山の2ステージ構成。初日の阿里山ステージは嘉義から距離75kmで阿里山を海抜2,175mまで上り詰めます。標高差2,000m以上となると本場ヨーロッパでもプロレース並み、超ど級のヒルクライムレースです。日本最大の山岳ロードレース、乗鞍ヒルクライムでも標高差は1,400m。阿里山ステージのあまりの壮大さに、出場してみたい、心からそう思ったのですが今の自分の力では恐らく完走するのが精一杯。2日続けてのレースも多分無理なので今年は地元陽明山ステージ(標高差850m、距離55km)だけに的を絞って参加することにしました。ルートは淡水フィッシャーマンズ・ワーフ(漁人碼頭)をスタートし、三芝、石門、金山と海沿いに37km走ってから陽金公路へ折れ陽明山小油坑駐車場まで18kmで標高差800mを上る計55kmのレース。後半の長い上りで乗り手の実力差がはっきりと表れる厳しいコースです。

 今回のレースでは自分に2つの課題を課しました。一つはレース本番のコースに耐えられるだけの十分な体力を練習で養うこと。標高差800mを上ることが特別なことではなく、いつでもそれを一気にこなせるだけの脚力、心肺能力を養成するということです。そして二つ目は減量、カラダの軽量化です。普段76〜77kgある体重を73〜74kgまで落としてレースに臨むこと。食事の量を制限するのは少しつらいので、こちらは練習量を増やしカロリーを消費することによって達成したいと考えました。

 長い上り坂を安定したペースでいかに速く走りきれるかは脚力、持久力(心肺機能)の高さとペダリング技術の巧拙などにかかっています。どれも短期間で向上する能力、技術ではありません。特別、運動神経に秀でた人は別ですが、上達するには地道な練習の積み重ねしかありません。また、有名ブランドの高価で軽量なパーツを使って組み上げた自転車を手に入れたからといってそれでタイムが上がるかと言うと残念ながらそうではありません。ロードレースにおける自転車は、マラソンにおけるランニングシューズ、ゴルフにおけるゴルフクラブ、写真におけるカメラのような存在と言えば近いでしょうか。機材も良いに越したことはありませんが、主役は自転車ではなく、あくまでも乗り手である自分自身。高価なレース用バイクは確かにカッコいいですが、乗り手がヘボだと逆に実にカッコ悪い。これでは明らかに男の美学に反するわけです。重要なのはエンジン(心臓)と足周り(脚力)をいかに鍛えるかでしょう。
 
 転倒事故の傷も癒えた9月下旬から平日朝の練習量をこれまでの150%くらいに上げました。普段平日は天母から海抜400mの陽明公園辺りまで距離約20〜30kmを走っていたのですが、行き先を内湖五指山(海抜650m)、北投中正山(海抜500m)などに変更し高度を上げ、距離も30〜40kmに伸ばしました。土曜日、日曜日にはレース本番のヒルクライムルートを含む距離70〜80km、クラブの仲間(みな30才台前半まで若者)との練習会を積極的にこなしました。練習メニューはどんどんエスカレートして行きました。

 まるで部活のようです。全身が塩の結晶にまみれるような激しいトレーニングを続けてきた成果か、レースが近づくにつれ自分でも上りの能力が上がってきたことを確実に実感できるようになってきました。クラブの練習会でも上りで今まで自分より確実に速かった何人かを抜けるようになってきました。こうしてレース前の1ヶ月には1,000km以上を走り込みました。もう毎日800mまで上っても大丈夫です。体重もロングツーリングの直後に量ると何とか73kgまで減りました。これは13年前、台湾へ来た当初の体重です。あとは本番当日を待つだけ。

 10月24日レース当日。朝からあいにくの雨模様。季節はずれの台風24号が速度を上げて台湾北部に接近しています。同じクラブのメンバー全員と天母から自走してスタート地点の淡水フィッシャーマンズ・ワーフへ向かう予定でしたが、スタート前にずぶ濡れになるのもイヤなので少し弱気になった私はクルマで淡水へ。淡水に近づくにつれて雨足は段々と激しくなり天候の回復を期待するのはどうやら無理なようです。(翌25日、この台風による暴風雨で北部全域が「不上班不上課」となったのはご承知の通りです。)小雨に煙る淡水フィッシャーマンズ・ワーフ、スタートまでの待ち時間、ウォーミング・アップやストレッチで緊張をほぐす選手達。自転車、ヘルメット、ウェアに405番のゼッケンを張り準備完了。はじめの2ケタが年令別のクラスを表しています。顔見知りの出場者何人かと声を掛け合う。レースには計241人がエントリー。私と同じ40−44才クラスには30名が出場します。このクラスでの6位以内入賞が目標です。

 午前9時、スタート。小雨だったのはスタート直後の数分間だけで、大集団が登輝大道の本線に入るころには土砂降りの状態。路面はまるで水溜りのようです。滑りやすく急なブレーキ操作は命取りとなるはず。前走者の後輪がはね上げる水しぶきが容赦なく顔面にかかります。地元警察による素晴らしい交通管制でレース中、信号はすべて青。雨とは言え、40キロ以上の高速走行です。これは危険だ、と思う間もなく緩い下りの直線で集団落車が発生。10人ほどが巻き込まれて転倒。実に恐ろしい光景です。その後も間近で数件の落車事故を目撃。水で路面の状態がわかりづらいためパンクも続発。何とも大変なレースになりました。

 三芝を過ぎて石門、第一原発へ向かう海沿いの道では完全な逆風となる強い北東の風にペースダウン。ドロップハンドルの下の部分を握り懸命の前傾姿勢で風圧を避けて走るのですが、無風であれば40キロくらい出る場所でも20キロが精一杯。横からの突風にあおられると自転車はいとも簡単にサーッと流されます。この状態では怖くてハンドルから手を離せないので水のボトルに手を伸ばすことさえできません。もう先頭集団の背中は見えません。

 北海岸の最北端を回り金山へ向かって道が南下するころになってやっと逆風から開放される。ここまでの遅れを取り戻すべく全力疾走。スタート後37km、金山を通過、ここまでのタイムは1時間10分、平均時速32km。いざ陽金公路へ。ここからの上り18kmが勝負。重いギアは踏まず、できるだけ軽いギアでペダル回転数を高くキープするセオリー通りの走りだけを心がける。雨で体が冷却されるのが良いのか体の動きは思いのほか良く、ここまで心拍数170前後をキープして走行できています。ロードレースより1時間早くスタートした挑戦組(ロードバイクビギナーやMTBのクラス)の選手を次々と抜きながら、一つでも順位を上げたいとがんばるのですが、なかなか同じロードレースクラスの選手の背中は見えてきません。

 高度が上がるに連れ周囲は陽明山特有の濃霧に包まれ景色はほとんど見えません。練習で何度も上った道なのに、どの辺りまで上ってきたのかがよくわからないのです。残りの道のりを知る手立てはサイクルメーターの距離計と時々表れる道路標示や温泉の看板。服装は雨具無しの半袖短パンのレースウエアで、もちろんずぶ濡れです。しかし全力でペダルを漕いでいるため気温はかなり下がっているはずなのに全く寒さは感じません。樹林帯が終わり、周りがススキの原になるとゴールまではあと一息。どうやら直後に選手が迫ってきている様子はありません。同じペースをキープして小油坑駐車場へ。スタートから55kmを走り切って、ゴールの白線を越える。ああ、終わった。

 コースの厳しさと悪天候のせいか制限時間内(2時間40分余)での完走者は241人中137人。40−44才クラスは30人中、完走者14人と結果的には非常に厳しいレースでした。前半の向かい風と後半の長く厳しい上りによる時間オーバー、落者事故やパンクによる走行不能で完走できなかった選手も多かったようです。タイム2時間11分45秒。総合順位90位、クラス順位8位。残念ながらまたもクラス6位入賞はならず。40才以上ともなると筋金入りのベテランサイクリストが多く、このクラスで上位陣の牙城を崩すのは難しかったようです。ナルデッロ選手の優勝タイムが1時間48分30秒。自分とのタイム差23分15秒の意味をどう解釈すべきか。自分としては練習してきたことのすべてを出し切って完走できたことに100%満足しています。スタートからゴールまで平地、逆風、山岳ともに自分が理想とする心拍数170前後を維持して2時間以上を走り切れたことが何よりの収穫でした。念願のクラス6位以内入賞は果たせませんでしたが、来年からは45−49才クラスに上がるので入賞のチャンスも出てくるのではないかと思います。

 11月はじめ、一雨ごとに秋が深まり、晴れた日でも山からの下りではウィンドブレーカーが必要になってきました。今年のロードレース出場は取りあえずこれで終わり。一区切り付いたのでたまにはタイムや心拍数を気にせずゆっくりと海を見に行ったり、マウンテンバイクで知らない登山道に分け入ってみたりもしたいのですが、なぜか朝になると、やっぱりロードバイクで峠に向かってしまいます。出張や雨で1日でも乗れないとそれが残念でたまりません。私の飽きっぽい性格を知っている妻などは「いつまで続くかしら、、、」と冷ややかな目で見ていますが、どれだけ乗ってもまだまだ飽きそうにありません。もっと練習して来年はより多くのレースに出場したいと思っています。ああ、自転車最高!

レースの様子、結果は下記のホームページに掲載中。
中華民国自行車騎士協会 http://www.cyclist.org.tw/

<編集部記>文中の画像はレース模様です。ご本人が写っているかも(?)しれません。

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